東京近郊で、木組みと土壁の家づくりを実践しています。

2010年09月26日

屋形船での敬老会

 暑さ寒さは彼岸まで、というのは本当らしい。9月22日が31度の真夏日であったと思えば、翌日23日は雨で22度の11月中旬の陽気に一気に下がり、半そでシャツでは震える気温だった。今年の4月下旬には雪が降るし、急な変動で毎日の着るものの管理も忙しい。ひょっとして、CO2の増加は神域の環境まで影響をしているのだろうか。天の神様も仕事の調整に苦労しているようだ。

 以前、9月15日に行われていた敬老の日が今年は月20日になり、当事務所でも長年お世話になってきた熟練の親方衆を労う催しを23日に開いた。今回は、屋形船に乗り込んで東京湾の夜景を楽しみながら、親睦を深めることにした。いつも顔を合わせている仲間であっても、仕事を離れての遊びの時間はほっとする一瞬である。刺身や揚げたての天麩羅を堪能し、美酒を酌み交わした贅沢な時間であった。

屋形船敬老会.jpg

 会の始めに、70歳以上の親方衆に花束を贈呈した。仲間は増えていくが、24年も仕事を続けていると同じく年を重ねる。板金の山口さんは23日当日が誕生日で80歳になった。左官の加藤さんは77歳で、鳶の本橋さんは76歳である。電気工の野口さん73歳、大工の佐野棟梁も70歳になった。さすがに、80歳の山口さんは現場には出ないが、板金に関しての指導や審査会では今も大事な役割を果たしている。左官・鳶・大工・電気工の4人の70代は、今でも現場でしっかり仕事をこなしているのだから、羨ましいものである。

 当日参加した30代の大工・澤田さんの挨拶が印象的であった。「自分たちは親方衆から技術を教えてもらって今がある。しかし、ただ、同じことを続けているのでは意味がない。創意工夫を重ねて、親方以上の技術を身に付けていかねばならないと考えている。」 設計を行っている自分自身にも、そっくり当てはまる言葉だ。同席した瓦屋の武野さんから、「腕も上がったけど、話もたいしたものだ。」と声が掛かり、場は大いに盛り上がった。

 当事務所の関係を「チーム高橋」と呼ぶ建て主がいるが、仕事を始めてから24年の蓄積で、確実に技術は引き継がれ、世代は若返っている。こんな仲間と長い間一緒に仕事を続けられてきたことを、本当に感謝したいし自慢に思う。伝統的な技法の世界は、後継者の問題でどこも悩みが尽きないと聞く。30代が中心となった今のチームに、長老の経験や判断を伝えていくことも大事な仕事と考えている。

 花束がもらえる70歳に到達するまでに、まだまだやらねばならないことが沢山残っている。

 2010年9月25日 高橋昌巳 

 

 
 
 
posted by 高橋昌巳 at 09:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

六義園でのお茶会

「秋菊 佳色有り 露に濡れて その英を採る・・・・」は陶淵明の詩であるが、9月中旬の今はまだ暑さが残っていてその気に浸る余裕はない。ただ、飲酒の詩作が多い偉大な詩人を味わうのにいい季節が、もうそこまでやって来ているようだ。

雑詩其の一  陶淵明

人生 根帯無く  
飄として陌上の塵の如し  
分散し 風を遂いて転ず  
此れ已に常の身に非ず  
地に落ちて兄弟と為る  
何ぞ必ずしも骨肉の親のみあらんや 
歓を得ては 当に楽しみを作すべし  
斗酒もて比隣を聚めん  
盛年は重ねて来らず  
一日は再び朝になり難し  
時に及んで当に勉励すべし  
歳月 人を待たず

素朴で解り易くて、好きになれる詩の一つである。

六義園お茶会.jpg

 7月始めのある寄り合いで話に出たお茶会を、9月4日(土)、東京・六義園の附属茶室を借りて行った。30代はじめから約10年続けていたお稽古から離れて久しいが、気の迷いか、話のその場で茶会の亭主を引き受けてしまった。「時に及んで当に勉励すべし、歳月人を待たず」と陶淵明も言っているのだから、行楽は大いに楽しまなければならない。特別名勝として指定されている大名庭園での茶会が、冷や汗がでる体験であったとしても貴重な時間を過ごすことができたことには違いない。

 正客を務めていただいた建築家の小町和義氏以外は、ほとんど初歩か始めての方が13人と、ある意味お気楽な茶会であった。それでも準備は一通り掛かる。道具の組み合わせを考えるほどの持ち合わせはないので迷いはしないが、季節の菓子を選び花を揃える時は、お茶会の楽しみを思い出していた。茶道具・濃茶・薄茶・菓子器・練菓子・干菓子・花入れ・花を大風呂敷とリュックサックに詰め込んで、会場まで運んだ。

 広間の心泉亭において懐石弁当をいただいた後、半分に分かれてもらい小間の宣春亭にてめいめいに薄茶を点てた。宣春亭は4畳台目板畳付きの茶室で、水屋が二間に分かれていて準備の空間がしっかりあり、亭主側にすれば使いやすい。一方、貴人畳に座った正客からは、庭園の池を正面に見て楽しむことができるように開口が設けられている。

 煮えたぎる釜のお湯で人数分の茶を続けて点てるのは実際かなり暑く、開け放した下地窓を抜ける風が救いに感じられた。わずか3坪ほどの広さに部屋に大小7つもの窓が開けられているのは、部屋の景色ばかりではなくて風通しの実益を求めた結果ではないかとも考えられる。品のいい薄茶色の京壁で塗られた茶室に、女郎花の花が似合っていた。

 9月16日 高橋昌巳
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2010年09月10日

2010年・夏の思い出

 9月に入り、台風が運んできた雨のおかげで、しばらくぶりに熱帯夜から開放された。日の出は遅くなり、日の入りは早くなり、朝夕の風はしのぎ易くなっている。あわてなくても、秋の気配は確かにそこまで来ている。ただ、金木犀の香りやヒガンバナの花を愛でるのは、今年はもう少し先になると聞いている。

 今年の練馬区は、8月中旬の気温37度、38度報道ですっかり暑い特異地区として有名になってしまったようだ。当事務所は周囲畑に囲まれていて、東京都23区内にあっては地表面温度は低く、風さえあれば室温32度湿度60%の室内環境で仕事ができる。ただ、昼ごろになると温度計は33度から34度を超え、窓を閉めてエアコンのお世話になることが、今年は少なくとも10日以上あった。東側と南側の窓に簾を下げて直射光をさえぎれば、室温が2度下がることは経験済みのはずなのに、ハシゴを掛けて簾を取り付ける機会をなくしてしまった。少しの努力で環境は変えられるのだから来年は簾を必ず掛けようと思う。

石田邸玄関土間.jpg

 8月最後の日曜日、千葉県君津市のご夫婦を、以前携わった埼玉県所沢市のI邸にご案内した。玄関通り庭と高床住居のこちらの住まいは、雑誌やテレビなどのメディアで度々紹介されている。朝から猛暑の日、改めて三和土で造った玄関土間の涼しさに感動した。
 聞けば、外が暑くなると土間の粘土の表面が結露するという。部屋の南側に葦ずで日除けの屋根を設けたり、アサガオで緑のカーテンを仕立てたりと、とにかくまめな夫婦であるが、エアコンなし生活を続けるこの住まいにあって、一番快適なのは玄関土間である。外気温より3度くらい低く感じられた。

 9月21日発売予定の、雑誌『住む』秋号では、畑仕事や日曜大工に取り組むこの夫婦の生活が紹介されることになっている。スイッチを押すだけで快適な生活を望むのではなく、自分の体を動かして住まいの改善を続けている若い夫婦には、いつも学ぶことがある。


加藤邸フレスコ画.jpg

 8月の月末、近くに住む加藤左官の親方の住まいの撮影があった。埼玉県所沢市にあった店蔵を移築して住まいに改築したものであり、工事工程の詳細は当事務所のサイトに現場リポートという形でまとめた。10時からの撮影であったが、朝から35度近くありそうな日だった。今年で77歳になる親方は今も現場に出て指示をしているが、さすがにこの夏は熱中症気味になって調子が悪いらしい。

 室内はエアコンが効いていて涼しい。壁厚24cmの土蔵の室内は、冷却を続けていると壁が冷えてエアコンを切っても涼しいらしい。土壁の蓄熱機能が働いているのだろう。逆の作用は冬でもあり、壁が一度温まれば比較的快適な室温を保つことができる。

 一方、二階は暑いと聞いている。屋根が二重になっている置き屋根形式の土蔵は、屋根瓦・野地板などの輻射熱が室内に伝わることのない構造だが、高さの法的制限やもとの店蔵の形もあって、移築の土蔵造りの住まいは置き屋根にはしなかった。「土蔵の二階は暑い」といわれる通り暑いらしいが、エアコンなし生活でしのいだのだから、死ぬほどではないのかもしれないと思ってしまう。当日、少なくても自分には、不快な暑さは感じられなかった。北海道の雄大な大地を描いたフレスコ画の緑や空が、室内に涼を運んでくる気分にはなるのだが、熱帯夜の続く日本にはエアコンが必需品となってしまつたのだろうか・・・。

 2010年9月10日 高橋昌巳

 
posted by 高橋昌巳 at 19:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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