東京近郊で、木組みと土壁の家づくりを実践しています。

2010年09月30日

才採り棒

 現在練馬区内で進めている住宅の荒壁付けが昨日終了した。この家の荒壁の面積は延べ124uあり、別の場所で半年以上水合わせして寝かせた粘土を現場に運んだ。竹小舞の片側から付けて、裏返し塗りを行うと、荒壁の厚みは約4pとなるので、使う土の量は124u×0.04m=4.96㎥。つまり、一軒の家の荒壁に約5㎥の土を付けることになる。敷地の南側にスペースが確保できたので、合板を並べてブルーシート広げ、およそ5坪分くらい広さに練った泥を置いた。これを全部竹小舞下地に付けていくことになるのだが、大変な量である。

 荒壁付けの作業は、泥の運び手、配り手、塗り手が一組になって行う。現在は圧送ポンプがあるので、ホースを伸ばして室内に置いたフネまで柔らかく練った泥を送ることができる。運び手の仕事は、泥を練ってポンプに繋いだミキサーに入れることが中心となる。ガソリンで動かす小型のポンプなので、時々は泥がホースの途中で詰まって動かなくなることもあるらしい。その時は、ホースを解体して中の粘土を出して掃除してから再開するという。ネコ車に積んで運ぶよりは楽だと思うが、大変な作業だ。

才取り棒.jpg

 フネに運ばれた泥を、コテ板に載せて竹小舞に塗る左官の手元に届けるのは、配り手の仕事である。この時、直径4p長さ2m程度の丸棒の先にヘラを付けた才採り棒が活躍する。フネの中の泥を棒の先のヘラに載せ、待ち受ける塗り手のコテ板に載せてあげるのだが、簡単に見えてこれで結構コツがいる作業なのだ。1sはあるだろう泥の塊を棒の先に載せて、高い位置まで上げるのだから当然力がいる。傍で見ていると軽々と作業を続けているが、素人は先ず持ち上がらない。上がったとしても続かない。すぐに代わって欲しいと弱音を吐く。

 親方から教わったコツは、長い棒の先を持ち上げるにはテコの原理で、左手を棒の中心に添えて持摑み、右手で端を持ってぐっと下げると泥を載せた先端のヘラが上がるのだという。ただし、この作業を腕だけの力でこなそうとしても直にばてる。腰を使うのだそうだ。掬う・持つ・上げるの一連の動きを体全体を使って行なえば、疲れることもなく一日続けることができるのだ、そうだ。この現場を担当している加藤左官工業は、親方の息子の信幸氏を除いては、高齢者と女性郡である。やはり、力ではなくてコツが勝負の世界らしい。

 この才採り棒という道具は、江戸時代に描かれた職人絵図にも見られる。当時の荒壁塗り作業に、現在使用しているのとまったく同じものが登場している。高い・低い・遠い・近い、待ち構える左官がどんな位置にいても一塊の粘土を配るのに、一番役に立つ、使いやすい形で完成された道具なのてあろう。簡単な形こそ永遠の原理を含んでいる。何だか、才採り棒が輝いて見えてきた。

 2010年9月30日 高橋昌巳

 
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2010年09月26日

屋形船での敬老会

 暑さ寒さは彼岸まで、というのは本当らしい。9月22日が31度の真夏日であったと思えば、翌日23日は雨で22度の11月中旬の陽気に一気に下がり、半そでシャツでは震える気温だった。今年の4月下旬には雪が降るし、急な変動で毎日の着るものの管理も忙しい。ひょっとして、CO2の増加は神域の環境まで影響をしているのだろうか。天の神様も仕事の調整に苦労しているようだ。

 以前、9月15日に行われていた敬老の日が今年は月20日になり、当事務所でも長年お世話になってきた熟練の親方衆を労う催しを23日に開いた。今回は、屋形船に乗り込んで東京湾の夜景を楽しみながら、親睦を深めることにした。いつも顔を合わせている仲間であっても、仕事を離れての遊びの時間はほっとする一瞬である。刺身や揚げたての天麩羅を堪能し、美酒を酌み交わした贅沢な時間であった。

屋形船敬老会.jpg

 会の始めに、70歳以上の親方衆に花束を贈呈した。仲間は増えていくが、24年も仕事を続けていると同じく年を重ねる。板金の山口さんは23日当日が誕生日で80歳になった。左官の加藤さんは77歳で、鳶の本橋さんは76歳である。電気工の野口さん73歳、大工の佐野棟梁も70歳になった。さすがに、80歳の山口さんは現場には出ないが、板金に関しての指導や審査会では今も大事な役割を果たしている。左官・鳶・大工・電気工の4人の70代は、今でも現場でしっかり仕事をこなしているのだから、羨ましいものである。

 当日参加した30代の大工・澤田さんの挨拶が印象的であった。「自分たちは親方衆から技術を教えてもらって今がある。しかし、ただ、同じことを続けているのでは意味がない。創意工夫を重ねて、親方以上の技術を身に付けていかねばならないと考えている。」 設計を行っている自分自身にも、そっくり当てはまる言葉だ。同席した瓦屋の武野さんから、「腕も上がったけど、話もたいしたものだ。」と声が掛かり、場は大いに盛り上がった。

 当事務所の関係を「チーム高橋」と呼ぶ建て主がいるが、仕事を始めてから24年の蓄積で、確実に技術は引き継がれ、世代は若返っている。こんな仲間と長い間一緒に仕事を続けられてきたことを、本当に感謝したいし自慢に思う。伝統的な技法の世界は、後継者の問題でどこも悩みが尽きないと聞く。30代が中心となった今のチームに、長老の経験や判断を伝えていくことも大事な仕事と考えている。

 花束がもらえる70歳に到達するまでに、まだまだやらねばならないことが沢山残っている。

 2010年9月25日 高橋昌巳 

 

 
 
 
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2010年09月16日

六義園でのお茶会

「秋菊 佳色有り 露に濡れて その英を採る・・・・」は陶淵明の詩であるが、9月中旬の今はまだ暑さが残っていてその気に浸る余裕はない。ただ、飲酒の詩作が多い偉大な詩人を味わうのにいい季節が、もうそこまでやって来ているようだ。

雑詩其の一  陶淵明

人生 根帯無く  
飄として陌上の塵の如し  
分散し 風を遂いて転ず  
此れ已に常の身に非ず  
地に落ちて兄弟と為る  
何ぞ必ずしも骨肉の親のみあらんや 
歓を得ては 当に楽しみを作すべし  
斗酒もて比隣を聚めん  
盛年は重ねて来らず  
一日は再び朝になり難し  
時に及んで当に勉励すべし  
歳月 人を待たず

素朴で解り易くて、好きになれる詩の一つである。

六義園お茶会.jpg

 7月始めのある寄り合いで話に出たお茶会を、9月4日(土)、東京・六義園の附属茶室を借りて行った。30代はじめから約10年続けていたお稽古から離れて久しいが、気の迷いか、話のその場で茶会の亭主を引き受けてしまった。「時に及んで当に勉励すべし、歳月人を待たず」と陶淵明も言っているのだから、行楽は大いに楽しまなければならない。特別名勝として指定されている大名庭園での茶会が、冷や汗がでる体験であったとしても貴重な時間を過ごすことができたことには違いない。

 正客を務めていただいた建築家の小町和義氏以外は、ほとんど初歩か始めての方が13人と、ある意味お気楽な茶会であった。それでも準備は一通り掛かる。道具の組み合わせを考えるほどの持ち合わせはないので迷いはしないが、季節の菓子を選び花を揃える時は、お茶会の楽しみを思い出していた。茶道具・濃茶・薄茶・菓子器・練菓子・干菓子・花入れ・花を大風呂敷とリュックサックに詰め込んで、会場まで運んだ。

 広間の心泉亭において懐石弁当をいただいた後、半分に分かれてもらい小間の宣春亭にてめいめいに薄茶を点てた。宣春亭は4畳台目板畳付きの茶室で、水屋が二間に分かれていて準備の空間がしっかりあり、亭主側にすれば使いやすい。一方、貴人畳に座った正客からは、庭園の池を正面に見て楽しむことができるように開口が設けられている。

 煮えたぎる釜のお湯で人数分の茶を続けて点てるのは実際かなり暑く、開け放した下地窓を抜ける風が救いに感じられた。わずか3坪ほどの広さに部屋に大小7つもの窓が開けられているのは、部屋の景色ばかりではなくて風通しの実益を求めた結果ではないかとも考えられる。品のいい薄茶色の京壁で塗られた茶室に、女郎花の花が似合っていた。

 9月16日 高橋昌巳
posted by 高橋昌巳 at 19:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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